熊本家庭裁判所 昭和38年(家)319号 審判 1963年7月31日
申立人 林ミチ子(仮名)
主文
申立人の氏を「林」から「古閑」に変更することを許可する。
理由
申立人は主文同旨の審判を求め、申立の実情として、申立人の戸籍上の氏は「林」であるがこれは昭和三七年一〇月協議離婚の結果復氏した為であつて、申立人は昭和二二年三月古閑成男と婚姻以来「古閑」の氏を称し、離婚後も事実上「古閑」の氏を称している。
申立人は昭和三三年五月から「こが(古閑)美容室」の屋号で美容院を経営し、その顧客間においても「古閑」としてなじまれているので屋号及び氏を変更することは顧客の減少を来し営業上支障を生ずるのみならず、申立人は長年使用して来た氏を変更することは社会生活上も多大の不便がある。
又申立人と上記古閑成男の長女幸子(昭和二三年一月一六日生)は申立人が親権者としてその手許において養育中であるが申立人と同一戸籍に入籍し母子同一の氏を称したい欲求を持つているが現在のままでは子の氏を変更しなければならず長女をして長年使用して来た生来の氏を変更させることは社会生活上不便であり、又心理的に打撃を与える虞れがある。
以上の次第であるから申立人の氏を長年使用して来た氏に変更することの許可を求めるというのである。
当庁調査官山口光雄の調査の結果によると申立の如き事実が認められる。
戸籍法第一〇七条はやむを得ない事由による氏の変更を認めるのであつて変更する氏についてはそれがかつて戸籍上の氏があつたか否かを問うものではない。ところで本件の申立人は昭和二二年三月古閑成男と婚姻後夫の氏である「古閑」を称し昭和三七年一〇月一〇日離婚届出後も事実上「古閑」の氏を称して今日に至つているものでその使用期間は一六年余に及んでいる。従つて「古閑」の氏が申立人を表象するために果して来た機能は大きく最早婚姻前の旧氏をもつては社会的に通用しない状態にあることを認めることができる。しかも申立人は婚姻中である昭和三三年五月から「こが(古閑)美容室」の屋号で美容院を経営しているのでその氏の持つ意味は単なる個人の表象たるに止まらず、商号としての意味をも持つのであつてそれ自体営業上の信用の基礎として、法律上の保護の対象たり得るものである。勿論氏と屋号は常に同一である必要はないが個人の経営する商店でその氏を屋号としている場合は氏の変更が屋号の変更を余儀なくさせるに至ることが多く、又屋号をそのまま維持するとしても氏と屋号のそごから来る混乱や不便は避けられない。
この様に考えて来ると申立人が離婚後復氏した現戸籍上の氏を称することは社会生活上幾多の不便不利益を伴うことが明らかであるから長年使用して来た「古閑」の氏に変更する事が必要であるといわなければならない。
しかも申立人の前夫である古閑成男も申立人が古閑の氏を称することにつき異存なくむしろ子のためにそれを望んでいる次第である。
元来婚姻によつて改氏した一方当事者のために離婚後も婚姻中の氏を保持せしめる余地を残すことは必要なことであつてさればこそ諸外国の立法例においてその点の配慮がなされているのであるが、我民法がかかる規定を欠くことは立法上の不備であるといわなければならない。
しかし現段階においては個々的に戸籍法第一〇七条の要件を充すものについてのみ同条の適用によつて救済して行くより外に方法がないのであつて、本件は同条にいう改氏についての止むを得ない事由に該当すると考える。
よつて本件申立を正当と認めてこれを許可することとし主文のとおり審判する。
(家事審判官 土井博子)